青森県の北東の端っこ「東通村」
本州の最も北に位置する青森県。その中でも北東の端っこに位置するのが東通村だ。東通村といえば北東に張り出す尻屋崎と、その周辺に放牧されている寒立馬のイメージを持つ方が多いのではないだろうか。その尻屋崎を境に、北側を津軽海峡、東側を太平洋に面する長い海岸線を持ち、内陸部は緑豊かな山々が広がる。豊かな自然が生み出す景観や、新鮮な食材は訪れた人たちを魅了する。
今回のインタビューで訪れたのは、そんな東通村の美味しいものが集まる一般社団法人東通村産業振興公社。農産物加工センター長の畑中典幸さんに、村内で育てられた食材についてお話をいただいた。人口およそ5,500人の小さな村が生み出す特産品は、お話を聴けば聴くほど興味を惹かれる、魅力あふれるものばかりだった。
有名和牛にも引けを取らない東通牛
数多い東通村の特産品のなかでも、産業振興公社の主力商品は東通牛。その味や肉質の評価は高い。
「東通牛は、ランクとしては一流の肉です。脂のうま味も強く、味は申し分ないと思っています。サシと呼ばれる霜降り部分が多く、肉質は柔らかく仕上がっています。」
畑中さんによると、出荷される精肉のおよそ90%が牛肉の格付けで最高のA5ランクや、A4ランクがつくという。このランクからも客観的な評価の高さがおわかりいただけるだろう。
東通牛の特徴は東通村生まれの東通村産という点だ。生まれてから出荷されるまで一貫して村内で育てられ、与えられる餌も東通村産だ。地元の生産者の皆さんが、飼育環境や餌に細心の注意を払い大切に育てられる。東通の恵みを一身に受けて育った東通牛は、一流のブランド和牛と比べても遜色ない評価を受ける牛肉となる。
ただ、東通牛は肉質や味の評価は高いが、有名ブランド牛に比べると知名度は高くない。年間の生産量はおよそ100頭で、東通村産業振興公社で処理するのは35~36頭ほど。下北管内で販売するには十分な量ではあるが全国的に流通するほど多くはないため、希少価値が高い知る人ぞ知るブランド牛なのだ。
究極の贅沢?和牛で作った加工品
東通村産業振興公社ではそんな貴重な東通牛を使用した加工品も多く製造している。一般的に和牛はステーキや焼肉など、肉の味をそのまま味わえる方法で食べるイメージが強いが、牛は一頭まるまる同じ食べ方ができるわけではない。ステーキに向いている部位があれば、煮込みに向いている部位もあるように、部位によって食べ方が違う。
「一頭の牛をどこも無駄にしないように、全部美味しくいただくためにも加工品は必要なんです。」
売れ行きが良くなかったり、単価が安かったりする部分を使って加工品を作ることで牛一頭をまるまる美味しくいただくことができると畑中さんは話す。
ただし売れ行きが良くない、単価が安いといってもそこはブランド和牛。東通牛で作った加工品は一般的なものとは全く違う。例えば「ビフテキジャーキー」はその美味しさ故に人気商品となっている。
「ビーフジャーキーは国内で流通している商品のほとんどが輸入牛で製造されています。国産牛で作っていたとしても、和牛を使っているというところはほぼないと思います。」
ビーフジャーキーに和牛が使われない理由は和牛独特の脂の量だ。脂は酸化しやすく、多く含まれていると乾きづらくなる。旨みのある適度な脂も必要であり、和牛でビーフジャーキーを作るのは難しいと言える。
それでもビフテキジャーキーは柔らかい食感を実現するために手間をかけ、乾き具合を調整して仕上げている。そのため一般的なビーフジャーキーに比べて価格も高く、賞味期限が短くなっているが、それでも作ったものが売れ残ることがない人気商品となっている。その名の通りビーフステーキにできるような肉を厚めに切って醤油仕立てでジャーキーにしているのが人気の秘密だ。
その他にもウィンナー、サラミ、ボロニアソーセージ、牛丼など、さまざまな加工品があるが、どの加工品も一般的な製品と比べて味わいは全くちがうと畑中さんは話す。
「サラミやソーセージ関係の製品は牛肉だけで作ったらとんでもない値段になってしまうので、県産の豚肉と合い挽きで作っています。スパイスや調味料でそれぞれの製品に合った味付けになるようにこだわって作っています。」
もちろん東通牛だからこそ美味しい加工品になるのだが、それぞれのメニューに合った製法や味付けといった部分を工夫することで素材の美味しさがさらに引き出されている。
「もう25年くらい前になりますが、ドイツで修行した専門家の方に来ていただいて作り方を習いました。だからうちのソーセージ類はほぼ手作りです。最近は機械に入れたら製品が出てくるところがほとんどだと思いますが、うちは手で一つ一つくるくると回して作ってるんですよ。」
いい素材を本場の製法で一つ一つこだわって作り上げるから、素材の美味しさが生きる。妥協しないから最高の素材をもっと美味しく仕上げることができる。東通村産業振興公社のスタッフはその手間を惜しむことはない。
スコットランドと同じ冷風が生んだ無農薬栽培ブルーベリー
東通村産業振興公社の自慢の製品はもちろん東通牛だけではない。特産品として畑中さんが東通牛と同じくらい自信を持って紹介してくれたのがブルーベリーだ。ブルーベリーはこれまでの生産者レポートでも何度かご紹介してきた通り、実は青森県を代表するフルーツの一つ。県内各地で栽培されているブルーベリーだが、近年では東通村産の評価が高くなっている。
東通村産業振興公社でもストレートジュースやジャムを製造するほか、ふるさと納税の返礼品として冷凍ブルーベリーの人気が高く、年間およそ20トンもの取り扱いがある。
「基本的に無農薬栽培が厳守。その他にもさまざまな基準があって、その基準を満たしていないと買いませんという厳しい条件で買い付けさせていただいてるんです。」
実は東通村のブルーベリーには独自の栽培マニュアルがある。同じふるさと納税の返礼品でも他の自治体と差別化できているのは無農薬であることに加え、品質を高いレベルで統一できているからだ。そしてブルーベリーが美味しく育つには、東通村ならではの恩恵を受けられることも大きな要因だ。
「東通村の気候はブルーベリーに適しているんですよ。ヨーロッパの有名なブルーベリーの産地スコットランドと同じ冷風が吹くと言われています。暖かい地域より寒冷地の方がいいと言われていますし、だからと言って標高が高すぎてもいけないそうです。東通村はブルーベリーにとって一番いい自然条件が揃っているそうです。」
実際に東通村の冷たい風が吹く、冷涼な気候で育ったブルーベリーは収穫量も歩留まりも良いことからもそれが裏付けられている。収穫時期にもこだわり、完熟してから収穫したブルーベリーは糖度も高く味も申し分ない。
「やっぱり無農薬ってところが一番ですね。品質を高い水準で均一化できているのが東通村産ブルーベリーの一番の魅力だと思います。」
近年では全国的にふるさと納税の返礼品として人気が出ている東通村産のブルーベリー。その品質の高さやおいしさをもっとアピールして、知名度を上げていきたいと畑中さんは話してくれた。
村自慢の食材と食文化
畑中さんには東通牛やブルーベリーといった主力製品の他にも東通村の美味しいものについて時間が許す限りお話いただいたが、東通牛やブルーベリーの他に古くから家庭の味として根付いてきた食材が特産品となったものもある。それが東通そばだ。
「そばは痩せた土地でも育つので、昔からどこの農家でも作っていたようです。各家庭でおばあちゃんやお母さんがそばを、つなぎを使わずに手打ちして食べていたみたいですが、現在では特産品として売り出されています。」
青森県内には津軽地方や南部地方にもそばを特産品とする自治体があるが、東通村では普通の農家の方が手打ちする技術を持ち、普段の食卓に並ぶくらい大切な主食の一つだった。村の人たちに愛されてきたそばが特産品になったのは自然な流れだったのかもしれない。
「村では毎年そば街道まつりを主催しているんです。村内のそば屋さんを巡って食べ歩きをするイベントなんですが、かなり人気があるイベントです。村ではそばの作付面積もだいぶ増えていますし、うちでも十割そばという形で乾麺を製造していて人気商品の一つです。」
現在では特産品として人気が高まっている東通そばだが、東通村では地域によって個性的なダシがあることも人気の秘密の一つだ。
「地区によってさまざまなダシの取り方があるんです。浜どころだと昆布、内陸だと煮干しや、鶏がら、そしてキジのダシがメインだったそうです。」
一般的なそばつゆのダシとして、昆布や煮干しはよく聞く食材だとしても、鶏ガラのそばつゆは珍しい。キジのダシとなると他には聞いたことがない。畑中さんによるとキジは東通村ではポピュラーなダシだという。東通そばは、その地域の独自のダシで味わうことができるのも魅力だ。
「なんせ縦長でもあるし、海半分、山半分でもありますからね。その場所で獲れる素材を使ったダシが根付いたみたいです。」
20以上の集落が点在する東通村にはその地区ごとにさまざまな魅力的な食材がある。津軽海峡や太平洋に面する地域ではもちろん海の幸、内陸の地域では山の幸。東通村の人たちはその独自の地形や気候を活かしてさまざまな食材を作り、食文化を発展させてきた。
狙うはヒット商品の開発と雇用の拡大
畑中さんに東通村の特産品についてそれぞれ詳しくお話を聞かせていただいたが、その全てに「東通村産」という強いこだわりを感じた。インタビューの最後にどうしてそれほど東通村産にこだわるのか、畑中さんに伺った。
「東通村はといえばやっぱり一次産業なんです。野菜農家も、畜産農家も、少しでも多くの儲けを出してもらいたいと思っています。我々が東通という名前を売り捌くことによって、いい食材を作ってくれた生産者が儲けて、うちも儲けるというウィンウィンの関係を築けたらいいなって思っています。」
実は畑中さんは村役場の職員でもある。その視点から、村の主要産業である第一次産業を第一に考え、村の雇用についても深く考えている。
「一次産業がなければ若者の働き口が無くなってしまいます。そのうえに農家ってきついのに儲けがないなんてイメージがついてしまえば若者もやる気がなくなってしまいますよね。だから生産者の皆さんにしっかりと利益を得てもらいたいんです。」
昨今は少子高齢化が進み、地方の自治体は人口の減少に悩まされている。もちろん東通村も例外ではない。畑中さんには、そのなかで少しでも若者が残ってくれるように村を盛り上げていきたいという考えがある。その考えを実現するためにも、畑中さんには目標がある。
「ヒット商品を作りたいですね。例えば同じ下北だと大間のマグロみたいな、日本中の誰が聞いてもわかるような、ドカン!とヒットするような商品を作りたいです。」
美味しいものはみんなが買い求めてくれる。その美味しいものがヒットすることで、生産するための人手が必要となり、雇用が拡大する。そうなれば若者が働ける場所が増える。
さらに原料の生産者が儲かり、加工を担当する東通村産業振興公社も儲かる。みんなが得をする環境ができれば、村に人が残り、村全体が盛り上がるようになる。
「例えばローストビーフ一つでも、焼肉のたれでもなんでもいいんです。みんなが手に取ってくれるものが出来たらいいですよね。」
さまざまなダシで食べられるつなぎなしの東通そば、厳しいマニュアルに基づいて育てられたブルーベリー、村の中だけで育てられた一流の牛肉とその加工品たち。畑中さんの東通村の食文化についてのお話は非常に面白く、どの特産品も食べてみたくなるものばかりだった。
同じ青森県に住んでいながら、この魅力的な美味しいものたちについての詳細を知らなかった。この魅力的な食材たちの知名度が上がり、たくさんの人が味わってくれればヒット商品の誕生も夢ではない、そう感じた。
たった一時間だけ畑中さんのお話を聴いただけで、東通村の面白い文化や美味しいものについて非常に興味を惹かれた。今回は山の幸を中心にお話を伺ったが、その他にも海の幸もたくさんある。きっともっと面白いお話が隠れているであろう東通村にぜひ足を運び、東通村で美味しいものを味わってみてはいかがだろうか。
ライターメモ
インタビュー後、作業場を見学させていただいた。畑中さんは写真撮影のために用意できるだけの商品を並べてくれた。その数はカメラマンが全て写真内に収めるのに苦労するほどの量だった。これだけの種類の加工品を用意できるということが東通村が食材の宝庫という証明だろう。
見学させていただいたなかでも、なんといっても東通牛を切る瞬間はたまらなかった。今まで見たこともないくらい細かいサシが入るお肉。ライター加藤の、某高級料理の価格予想番組に出そうなお肉ですね、という質問に対して畑中さんの返答は、その番組にも出ないくらいのお肉だよ。
一体どれほど高価で美味しいお肉なのか…いつの日か、一度でいいから食べてみたいと思うライター加藤であった。