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ここで長く続けるために自分ができること

2023 06.30 Fri

ここで長く続けるために自分ができること

東通村

津軽海峡を望む食堂「御食事処やまだい」

青森県の北東に位置する東通村。豊かな山々、太平洋、津軽海峡。『風光明媚』という言葉がぴったりの自然溢れるこの地域には、地元の美味しい食材を使った料理を提供する食堂がある。『御食事処やまだい』は寒立馬や尻屋崎灯台で有名な観光名所の尻屋崎にほど近い岩屋地区で、地元の人たちや観光客に愛されている。今回は御食事処やまだいの店主・大槻佳幸さんにお話を伺った。

これまでの六景楽市の生産者様へのインタビューは2時間を超えることも珍しくなく、お昼にお邪魔したはずなのに辺りが暗くなるまでお話を伺っていたこともあった。しかし大槻さんへのインタビューはおよそ30分。これまでで最も短いインタビューとなった。それでもインタビューの最後に大槻さんは

「言うことはみんな言ったんでいいですよ。余計なくらい言ったんで。」

と言って笑った。

短いインタビューの中には特盛りの魅力が詰まっていた。わずか30分のインタビューが終わったあとには、また岩屋に来てみたいと思うようになっていた。

下北に伝わる伝統芸能「能舞」

約束の時間より数分早く到着し、店内に入るとその日の営業を終えたばかりの大槻さんが出迎えてくれた。店内にはほんのりとカレーの香りが漂っている。やまだいのメニューの中で六景楽市の認定を受けているのは東通牛を使った『とろ牛カレー』。この日もきっとたくさんのとろ牛カレーの注文があったことが想像できる。店内にはテーブル席とお座敷席があるが、せっかくなので雰囲気の良いお座敷でお話を伺うことにした。

やまだいのお座敷には下北地方に伝わる伝統芸能『下北の能舞』の写真や衣装が飾られている。そのほかにも東通村の観光ポスターや、東通牛のノボリなど地域色が溢れている。実は大槻さんは最近まで能舞を伝承している青年会のメンバーだった。岩屋地区の場合は18歳から47歳までの方が青年会に所属できるが、現在大槻さんはOBとして参加している。

大槻さんによると能舞は500年ほど前に山伏によって下北に伝わったという。修験能が源流にあり、その題材は源平時代のものが多いそうだ。

「そこの写真に写っている獅子頭の中身は私なんですよ。」

写真に写っているのご神体の熊野権現獅子頭(くまのごんげんししがしら)をかぶって踊る大槻さん。
一口に能舞といってもさまざまな演目がある。大きく分類すると、ちょっとおもしろい『道家舞』や刀を使って対戦しているように舞う勇壮な『武士舞』、そして神様に捧げる踊りである『祈祷舞』という三系統に分かれている。写真の大槻さんが躍っているのは祈祷舞だ。

岩屋の能舞は五拍子といって、踊る人、太鼓をたたく人、手平鉦(でびらがね)を鳴らす人、笛を吹く人、佐文立(さまだて)と呼ばれる歌を歌う人といった五つの役割があり、全部で18幕の踊りがある。能舞を演じる人たちはそれぞれの役割を持っているが、現在は少子化の影響から一人で何役もこなす場合もあるそうだ。

岩屋地区では毎年12月18日に能舞の奉納があり、誰でも自由に観ることができるという。

「ここ数年は新型コロナウイルスの影響で行われなかったんですけど、今年くらいから再開するんじゃないかな。地区の集会場で18時くらいからやるのでぜひ観に来てください。外の人でも関係なく観ることもできるし、写真も自由に撮れますよ。一回観るとハマって毎年来てくれる人もいますから。」

しかも岩屋の能舞は他地区と比べても独特だという。

「能舞は地域によって微妙に違うんですけど、ほかの地区の能舞はなんとなく似ている部分も多くて、違う地区の人でもちょっと練習したら踊れたりするんです。でも岩屋の能舞は拍子や踊りの手がが違ったりして、違う地区の人がなかなか合わせられなかったりします。もちろん逆に岩屋の人がほかの地区の能舞を踊ろうとしても同じです。獅子頭も岩屋だけが耳が立っているメスらしいんですよ。」

青森県では「ねぶた」など8つしか登録されていない重要無形民俗文化財。その中で下北から唯一登録さされているのが下北の能舞だ。その貴重な伝統芸能を自由に見学できる。

「公共の交通機関もないし、冬だからすごく来づらいかもしれないけど…。」

大槻さんがおっしゃるとおり冬の下北と聞くと尻込みしてしまうが、冬道を運転してでも観に行く価値はありそうだ。

短角黒毛和牛「東通牛」のカレーが食べられるお店

つい能舞の衣装や写真が気になって聴き入ってしまったが、このままでは生産者インタビューではなく能舞伝承者インタビューになってしまうので本題に入らせて頂くことにした。

「よくこの地域が好きだからっていう人もいるけど、実はそこまででもないんですよ。ここで仕事をしている理由と言われても、親がお店をやっていたから継いだ、あとは料理を作るのが好きだからってことくらいです。」

地元の優れた食材を扱う六景楽市のインタビューにおいて、地元への想いは必ずお聴きする質問ではあるが、大槻さんはあっさりと話してくれた。

「もちろん好きなのは好きですよ。生まれ育ったところだしね。すごく愛している!ってほどではないけど地元で働いている同級生もいますし、気心が知れている人もいます。田舎ならではのいい所、もちろん悪い所もあるけど、のんびりこういった所で商売するのもいいかなと思ってます。色々美味しいものもありますし。」

そう話す大槻さんがお店を継いだのはいわゆるバブル崩壊の時期だった。その頃は地場で獲れた食材をそのまま提供するなど、それほど工夫をしなくても観光客が訪れていた時期だったそうだ。

「いいものはあるけど上手く扱えていない時代だったと思います。そのころから素材を上手く扱えたらいいのかなと心の中にはありました。今ではこっちからPRして、色々売るものを掘り下げて工夫していかないといけないんです。」

そんな中で大槻さんが始めたのは東通牛を使った『とろ牛カレー』だった。東通牛は地元東通村で生まれ、東通村で育てられた黒毛和種の牛だ。なんと牛肉の格付けで最高ランクであるA5ランクを獲得したこともある。もちろん肉質の評価も高く美味しいお肉ではあるが、その中でも特に脂が美味しいとして知られている。東通牛の脂身はしつこくなく、うま味があるのが特徴だ。そんな優れた地元の美味しいお肉をPRして、長く続けていけたらと考えたのがとろ牛カレーを開発するきっかけだった。

「なかなか私たちみたいな小さな食堂が扱えるようなお肉じゃなかったりもするんです。」

東通牛はA5ランクを獲得したことで全国的にも知名度が高くなり、出荷される量が限られているため、かなり希少で高級な牛肉だ。そんな東通牛の中でも下処理に時間と手間がかかるため比較的安価で手に入るスジ肉やスネ肉をとろ牛カレーに使用している。

「それでも高いのは高いんですけどね。そういった部位を使うことでなんとかうちでも扱えています。」

とろ牛カレーの価格はレトルトで650円。食堂のメニュー表では1000円という価格だ。少し高く感じるかもしれないが、その中に国産黒毛和牛が入っていると考えるとむしろ安いと感じる方も多いのではないだろうか。

「材料には特別なものは使っていないんですよ。一般の方が普通に買えるようなものでつくっています。長く続けたかったので入手が難しいものは使わずに作るようにしました。」

とろ牛カレーを開発するにあたり、大槻さんはさまざまな工夫を施した。シンプルに肉のうまみが引き立つように作られたとろ牛カレーの具は牛肉とたまねぎだけだ。

「一般のカレーのようにじゃがいもやにんじんを入れると牛の邪魔をしてしまうんです。東通牛のうま味を全面に出せるようにしているんです。味は少し辛めに、スパイス感が強くなるようにしています。これ以上は企業秘密です。」

こうして作られたとろ牛カレーは今では人気のメニューとなった。今年のゴールデンウィークは観光客の方も訪れ、一日10食ほど限定のとろ牛カレーが毎日完売となっていたそうだ。

「地元の方もよく来てくれますよ。とろ牛カツカレーなんかは結構なお値段だと思うんですが、けっこう食べてくれます。あとは、お子さんがとろ牛カレーを食べてくれるんですよ。私が食べても辛めだと思うので、辛くない?と聞いても大丈夫って言って食べてくれます。観光客も地元の人も関係なく食べてくれますね。」

とろ牛カレーはメニューに加わってから12~13年ほどになる。レトルトになったのは4年ほど前。食堂やイベントでも変わらず愛され続けるメニューとなっている。

超うまい下北の海の幸の丼ぶり

もちろん大槻さんが提供する地元の美味いものは東通牛だけではない。津軽海峡を目の前に望むやまだいでは海の幸を使ったメニューも人気だ。大槻さんのイチオシは『いか刺し丼』。いかが獲れる時期の限定となるが、オリジナルのピリ辛のたれに和えたいか刺しがたっぷりと乗った丼ぶりは人気メニューだ。そしてやまだいにはその人気メニューをさらに贅沢にしたメニューがある。

「ゴールデンウィークと、7月半ばからお盆くらいまでの間の期間限定なんですけど、いか刺し丼に下北で獲れた生うにを乗せて出しています。」

下北を代表する海産物を一度に味わえる『生うにいか丼』は、「これを食べに来たんだよ」「去年も食べておいしかったからまた来たよ」と、このメニューを食べるために来てくれる遠方からのリピーターを抱えるほどだ。しかし、旬の時期が限られる海の食材だからこその悩みもある。

「よく、今年はいつからやるんですか?なんて電話でのお問い合わせもあるんですけど、海のものだからわかりません!って答えるしかないんですよね。」

近年はするめいかの不漁が続いていて、獲れる時期も価格も不安定。生うにいか丼の価格も素材の相場に左右されてしまう。

「ここのいかはおいしいんですよ。本当に超うまくて、ずっと食べてるけど全然飽きないんです。でもここ数年はいかの不漁の影響で、ほとんど食べてもいないんです。お客さんにだすので精一杯です。」

地元の美味いものを知り尽くした大槻さんが「超うまい」と言い切る岩屋のいか。今年はいか自体の相場に加えて漁船の燃料や資材の高騰も加わると予想される。本来ならばおすすめしたい美味いものをなかなか思うように振舞えない悔しい状況がある。

誰も知らない幻の生うにいか丼

提供している大槻さんですらなかなか食べることができない生うにいか丼だが、実はもっと希少な生うにいか丼がやまだいには存在する。

「普段は津軽海峡のどこかで獲れた生うにを仕入れてるんですが、年に2、3回だけ私が素潜りして獲ってきたうにが出ることがあるんです。」

なんと大槻さんは地元岩屋の漁業組合に所属していて、漁業権を持っているので自分でうにを獲ってくることができるのだ。


「とはいっても天候や私の体調次第ですね。ウェットスーツを着て、そこの海の目の前まで行って、よし獲るぞ!という所で今日はダメですと言われることもあるんですよ。だからある時はある、ない時はない。2/365とか3/365くらいの確率ですね。当たった人は超レアなうにを食べることができます。」

この大槻さんが獲った生うにが乗った生うにいか丼は特にPRはしていない。恐らく記事になるのもこれが初めてではないだろうか。

「あまりPRするのもなんだかなあって。さらっと私が獲ったうにです。と言って出すことはあるんですけどね。このうち何円かは私の命の分です、素潜りなんで命かけて獲ってますって言うことはあります。」

ちょっと引かれないかなって思うこともありますけど…と大槻さんは話すが、個人的にはそんなわけはないと思う。料理人自らが海の中で見定めて獲ってきた食材が美味しくないわけがない。この「店主が獲った生うにいか丼」を食べられるかどうかは大槻さんもわからない。
唯一のヒントは「6月から7月のうちのどこかの干潮か満潮の日」とのこと。やまだいに訪れる際はこの超レアな生うにいか丼が食べられるか運試しをしてみてはいかがだろうか。

お客さんの挑戦?も受けて立つ。人気の秘密は「ボリューム」

やまだいに訪れるお客さんは特産品を求める観光客だけではない。地元のお客さんにも地域の食堂として愛されている。もちろん一般的な食堂に並ぶような王道メニューも人気だ。

「うちのお客さんの中には身体を動かして作業をするひともいるので、かつ丼とか普通のメニューをガッツリ食べて行ってもらうことも多いです。うちのメニューは全体的にボリュームがあるんですけど、大盛りや特盛りもやったりしているんですよ。」

地元の人にとってやまだいのこのボリュームも人気の要因のようだ。しかも大槻さんが提供する特盛りはただの特盛りではない。

「特盛りを頼んだ人には挑戦されているような気がして、いつもよりちょっとご飯を多く入れてやろうかなと思ったりすることはあります。それでちょっとでも残すようなことがあれば、勝ったな!と。」

大槻さんはいたずらっぽい笑顔を浮かべてそう話すが、特盛りを注文するお客さんにとって食べきれるかどうかわからないほどの量のご飯は最高のサービスだろう。

「お客さんに満足して帰ってもらえたならそれでいいかなと思います。」

美味しい料理、満足のボリューム、それに大槻さんの明るい人柄がスパイスとなってやまだいの魅力を引き立てているのかもしれない。大槻さんにはお客さんに料理を提供するうえでのモットーがある。

「私もこの商売で食べているので利益は出さなきゃいけない。ちゃんと家族も食べさせていかなきゃいけないので。とにかく適正な価格でちゃんと利益をとって美味しい物を出せれば、というのが私のモットーです。」

大槻さんのスタンスは常に一貫している。しっかりと自分の生活を守りつつ、自分ができるところでお客さんを満足させるサービスを提供する。

「どの商売でもそうだと思うんですけど、お客さんの満足っていうのが一番でしょうし、食べてくれたお客さんが美味しかったと言ってくれたら嬉しい。けど、こだわりって言っても美味いものを出せればそれでいいかなって思うくらいなんですよ。変にこだわってもそれに捉われてしまうと自由もなくなってしまいますしね。」

ここで長く続けるために、やれることを地道に

インタビューの最後に今後の活動について伺った。

「やれることって本当に限られているんですけど、やれることを地道にやっていくしかないのかなと思います。イベントとか、そういった場所で東通牛や岩屋を少しでもPRして、そしてそれがうちの集客や売り上げに繋がったら御の字かなって思います。」

新型コロナウイルス感染症が第五類に移行したことに伴い、各地のイベントが再び動き出している。コロナウイルスの流行前は東北六県の六魂祭に参加していたという繋がりから、6月半ばには東北絆まつりにも参加予定だ。大槻さんが話す目標は決して大きいものではないが、自分ができることを地道に積み重ねていく。

「とろ牛カレーはレトルトなので、村内のお店に置かせてもらって好評をいただいています。少しずつでも広げていけたらいいのかなと。いっきにやっちゃうと私の方も大変になっちゃうんで。少しずつ自分ができることを、少しずつ広げていって息長く続けていけたらいいなと思っています。」

御食事処やまだい、そして大槻さん自身の将来についてはこう話してくれた。

「正直なところ先がわからないっていうのが本当のところなんですよ。食材の高騰だったり、わからないところもたくさんある。でもここで生活しているのであれば、やっぱり将来的にはここで死にたいなと思っているので長く続けていきたいと思っています。」

本インタビューの冒頭で大槻さんは地元について「凄く愛しているって程ではないんですけどね。」と話していた。しかし、それは岩屋での生活が大槻さんにとって当たり前すぎるものだから、大げさな言葉は必要ないからなのかもしれない。
だから大槻さんのお話は全く飾ることはなく、むしろ飾りがないからストレートに岩屋の魅力が伝わってくるお話だった。そしてそれが過去最短インタビューになった原因だった。大槻さんの言葉には無意識に地元愛が込められているような気がする。

インタビューを終えると大槻さんは「本当は食べさせられたら良かったんだけど、ご飯がなくなっちゃったもんだから。」と申し訳なさそうに声をかけてくれた。でも逆に食べられなくて良かったのかもしれない。大槻のお話を聴いていたらプライベートで遊びに来たくなってしまったから、その時にちゃんとお客さんとして食べに来たい。
観光しながら食べに来ます!という私に「その日にちょうど2/365にあたるといいね。」と返す大槻さん。もしその確率を引き当てることができたら、ごはん特盛りの挑戦状を叩きつけてみたいと思う。

ライターメモ

インタビューの最後に我々は店頭に並べてあるとろ牛カレーを購入して帰ることにした。

その日の晩御飯に早速とろ牛カレーを食べてみたが、大槻さんから教えていただいた通り、スパイスがよく効いた辛めのルーが引き立てる東通牛のうま味が凄かった。スジ肉やスネ肉とは思えないほど柔らかく、口の中に脂のうま味が広がる。お店で出来立てを食べてみたい。

プライベートでやまだいに伺う際はとろ牛カレーにしようか、生うにいか丼にしようか悩ましい。
春夏は生うにいか丼、冬はとろ牛カレーを食べてから能舞を鑑賞する。きっとこれが間違いない。

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加藤友樹

株式会社ジーアイテック
https://www.gitec.co.jp/
鯵ヶ沢町出身、八戸在住のライター。津軽も南部も知り尽くす、青森県愛好家。
青森県出身にも関わらず、青森県を堪能したいと常に熱い情熱を注ぐ。

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