下北地方の郷土料理「べこもち」
青森県の下北地方には独特の伝統菓子がある。色鮮やかで、華やかな模様が特徴のべこもちだ。
古くから端午の節句などのハレの日に食べるお菓子として親しまれ、贈答用としても重宝されてきたべこもちは、原料のもち米とうるち米の粉に砂糖を練りこんで蒸しあげた甘くてもちもちな食感のお菓子だ。
このべこもちの伝統を伝えていこうと奔走しているのが「りらっくすmama東通」(通称りらまま)の皆さんだ。
東通村を拠点に様々な活動を行っているりらままのお二人にお話を伺った。
伝統の郷土料理を作り、伝える
インタビューに答えてくれたのは6人いるメンバーのうち、店舗に常駐しているお2人。
主にお話してくださったのが代表の氣仙(きせん)米子さん。
笑顔で出迎えてくれた氣仙さんはべこもちの話となると表情が引き締まり、まっすぐな声でインタビューに答えてくれた。
そして同席してくださったのが職人の石田恵美子さん。
真剣な表情で話す氣仙さんの横でにこにこしながら、合いの手のように補足説明を添えてくれる。時々はさむ冗談や面白エピソードは切れ味抜群だ。
そんなお二人が中心となってべこもちの製造・販売と併せて行っている特徴的な活動がある。それがべこもちを知ってもらうための活動だ。
「今の子供たちはべこもちの存在は知っていても、なんでべこもちというのか?何から出来ているのか?ということを知らないんです。」
この事実に氣仙さんはショックを受けたそうだ。昔は各家庭でべこもちを作るのが当たり前だった。しかし今はべこもちの作り手は減少しており、子供たちがべこもちに触れる機会も減っている。
そんな現状を受けて、りらままでは講習会や実演を行って実際にべこもちに触れて、食べてもらう活動を行っている。
「神の手」を持つ職人の実演活動
インタビューの途中で、石田さんが実際にべこもち作りを実演してくれることになった。
東通村に生息する寒立馬(かんだちめ)をモチーフにしたキャラクター、かんだちくん模様のべこもちだ。
石田さんはカラフルな生地をこねて伸ばして、組み立てていく。
「チェッカーズみたいに前髪を長くしてイケメンに…」
と呟きながらてきぱきと手を動かす石田さん。
全ての生地がまとまったら、棒状に長く伸ばしていく。
出来上がった長い生地のまとまりを切ってみると、イケメンのかんだちくんが出来上がっていた。花などのオーソドックスな模様に比べ顔を作るのは非常に難しいそうだ。切ってみるまでちゃんとかんだちくんの顔になっているかどうかわからないという。
だが石田さんの手にかかると、出来上がりまで15分未満。前髪の長さまで調整してこの短時間。実演を見た小学生から「神の手を持つ」と言われるのも納得の神業に思わず、おおーと声を上げてしまった。
ここから蒸しあげるとべこもちの完成だ。
実はこのような実演は下北はもちろん、東京の小学校まで出張授業を行ったこともある。
実際にべこもちを作り、触れて、味わってもらう。この実演や講習会はりらままの活動の軸の一つだ。
下北の人たちの心を掴んだ「チャレンジする心」
精力的に活動を行ってきたりらままだったが、下北の人に受け入れられるまでは時間がかかった。
インタビューの中で驚いたのが、氣仙さんは八戸市出身だということ。
まずはべこもちの作り方を覚える必要があった。
べこもちはそのご家庭の作り手によって材料の分量や手順が違う。作り手同士の横のつながりがあるわけでもない、レシピのない料理だった。
氣仙さんは作り手の方と一緒に作りながら作り方を覚えたそうだ。
そして氣仙さんは苦労して作り方を覚えたべこもちを商品化した。しかし、各家庭に常備されていて当たり前のべこもちを購入するお客さんは少なかった。
さらにりらままのべこもちは、伝統的なべこもちとはちょっと違う。
元々のべこもちは大きくて甘さが強いが、りらままのべこもちは甘さ控えめで、一人で食べきれるサイズだ。現代人の生活スタイルに合わせたべこもちと言えるが、従来のべこもちと違う変化も受け入れられるまで時間を要した原因だったのかもしれない。
それでも伝統を守りながら、持ち前のチャレンジ精神で様々なことに挑戦して、徐々に認められていった。
例えば屋台で販売できる当たり棒付きのべこもち。当たりが出るとその場でもう一本もらえる、子供からお年寄りまで大盛り上がりの人気の商品だ。
実家がせんべい屋さんだったという氣仙さんならではのアイディアで誕生した塩味のべこもちも、りらままのオリジナル商品だ。晩酌のお供にももってこいのべこもちだ。
もっと変わったところでは油で揚げて食べる端っこべこもち棒や、べこもちっぷすといった従来のべこもちでは考えられないような奇抜なアイディアの商品も好評だ。
我々が石田さんの実演を見学しているうちに、氣仙さんはべこもちっぷすを揚げてくれていた。外はカリッ、中はふわっとした食感で、口の中にべこもちの甘さと揚げたての香ばしさが広がる。なるほど、これはべこもちの味だが新しい美味しさだ。
そしてりらまま最大のチャレンジは「べこもち手作りキット」の販売だ。
レシピがないはずのべこもちを敢えてレシピ化して手作りキットとして販売した。さらにこだわりは色素。できるだけ自然の物をという考えから野菜粉末を使用した色素を使っている。
ものによっては味や香りが強くてべこもちに使えない野菜粉末も多く、理想の色が出る野菜粉末を探すのに苦労した。
この手作りキットで、べこもちをより身近に感じて自分で作ってみることができるようになった。
りらままのチャレンジはべこもちだけにとどまらない。店内に並べられたこぎん刺しの小物たち。これもりらままのチャレンジの末に生まれた商品だ。
実はこのこぎん刺しの商品、一度教室で習ってその後すぐに店頭に並べたそうだ。
「一回習っただけで商品にしちゃうなんて、今思うと怖いことしてたよね。」
氣仙さんと石田さんはそう言って笑った。
べこもちを知ってもらうきっかけになれたら
べこもちを未来へ伝える。はたから見れば壮大な任務を背負っているように見えるが、氣仙さんは笑いながら話す。
「大して深く考えていないんですよ。」
りらままの活動の推進力は、シンプルにこの活動が楽しいこと。
「楽しくなかったら続かないと思います。」
と氣仙さんと石田さんは笑う。
お二人は楽しそうに失敗エピソードを話してくれた。
真夏に鍋の前で数時間に渡ってブルーベリーを煮込んだこと、べこもちっぷすを薄く切りすぎて揚げた際に全部くっついてしまったこと、大量の同じ柄のべこもちを蒸し器のトレーに並べて頭がどうにかなってしまいそうになったこと…
インタビューの中で一番楽しそうだったのはチャレンジと失敗エピソードの話をしているときだった。
自分たちが楽しめているから失敗エピソードを笑い話に変えて、失敗を積み重ねて成功を得ていく。
りらままメンバーの楽しさの積み重ねがべこもちの未来につながっていくのかもしれない。
「私たちの活動がべこもちを知るきっかけになってくれたらいいですね。」
と氣仙さんは控えめに話してくれたが、その活動は活力に満ち溢れている。
りらままがつないだ伝統に、チャレンジが新しい伝統として加わるかもしれない。
ライターメモ(ライター主観の面白エピソードやお役立ち情報等です)
りらままではなんと、美味しいコーヒーも飲むことが出来る。
暖かい時期限定だが、店舗でべこもちと一緒に購入することが可能だ。
りらままでコーヒーとかんだちくんのべこもちを購入して寒立馬を見に行く、東通村満喫ツアーを計画してみてはいかがでしょうか。