厳しい寒さと豊かな土壌が生み出す野菜
青森県の特産品といえば皆さんは何を思い浮かべるだろうか。青森県のことを良く知らない方でも「青森県=りんご」というイメージを持たれていることだろう。
しかし、青森県の特産品といえばりんごだけ?と問われると、もちろんそんなことはない。農産物に限ってもごぼう、にんにくは日本一の生産量を誇り、ながいもやだいこんなども全国でも有数の産地として知られ、その味の評価は高い。
今回私たちが訪れたのは、ごぼうやにんにく、ながいもといった青森県を代表する農作物の一大産地である東北町。その東北町で長年農業に携わってきた「丸岡ファーム」の代表である岡山時夫(おかやまときお)さんにお話を伺った。
インタビューに伺ったのは11月の末。この日は全国的に冷え込みが強く、我々の活動の拠点である八戸市でも雪がちらついていたが、東北町に入った途端に変わった風景に驚いた。東北町の広大な畑が見渡す限り真っ白な雪景色となっていた。豪雪地帯の青森県でも11月にこれだけ積もるのは珍しい。季節外れの大雪の中、どこまでも続く真っ白な雪景色を眺めながら車を走らせた。
遠赤外線を利用して時間をかけて熟成した黒にんにく
丸岡ファームから六景楽市認定商品に登録されているのは「オラの手作り黒にんにく」だ。今ではすっかりメジャーな食品となった黒にんにくは、日本一のにんにくの産地である青森県内でもたくさんのメーカーがこぞって販売している。まずは数ある黒にんにくのなかで、オラの手作り黒にんにくが持つ魅力について詳しく伺った。
「うちの黒にんにくは遠赤外線を使って一か月間熟成させるんですよ。そして熟成が終わったあとは常温で十日くらい寝かせます。だから黒にんにくができるまで四十日くらいかけています。」
黒にんにくは電子ジャーで熟成させる方法が最もメジャーな作り方だと言われている。一般的に出来上がるまでに要する時間はおよそ二週間。岡山さんの作り方は特殊な機械を使用してじっくりと時間をかけて熟成させる。
「味は甘みがあって美味しいと思います。フルーツみたいって言えばいいのかな?プルーンとか干しブドウのような甘ずっぱさはあるね。」
フルーツのような酸味は黒にんにくの特徴だが、岡山さんが作る黒にんにくはじっくりと熟成した分だけ甘みが強いという。しかもにんにくの一大産地である東北町の糖度が高くて美味しいにんにくを使用しているからその美味しさは納得できる。
「東北町や周辺の地域はやませ地帯だから、根菜類やにんにくのような野菜が美味しいんです。なぜかっていうと、りんごもそうだけど寒さにさらされると自分が凍るまいと糖度を出す。だからりんごには蜜が入るでしょ。あれは寒さの影響なんです。根菜やにんにくも一緒で、寒さに当たると糖度が上がるんですよ。」
やませが吹き付ける青森県の太平洋側。冷涼な気候は農業を営むには厳しい地域であるような印象を受けるが、根菜やにんにくの栽培には適している環境だ。そんな厳しい寒さの中でたっぷりと糖分を蓄えて育ったにんにくを使用しているから、岡山さんの黒にんにくは美味しい。オラの手作り黒にんにくの美味しさは、いい素材を育てることができて、それをじっくり熟成させる技術を持つ岡山さんだから実現できるのだ。
美味しくて健康にも良い黒にんにくの魅力
岡山さんの黒にんにくの魅力はもちろん美味しいだけではない。
「うちの黒にんにくは美味しいだけじゃないんです。うちでホワイトにんにくを熟成させることによって、ポリフェノールがだいたい10~11倍ぐらいになるんですよ。」
ポリフェノールといえば抗酸化作用があるとか、健康にいいとか、ワインに多く含まれているとか、自分の中にもある程度の知識はあったが、岡山さんはポリフェノールについてもっと詳しく教えてくれた。
「ポリフェノールには発がん性を抑える働きがあるのがよく知られています。実際に癌細胞を持ったマウスにこの黒にんにくのポリフェノールのエキスを一週間打ったら癌細胞が死滅したという研究がありました。当時は多分報道でも騒がれていたと思うけど、それだけ癌細胞に対して抑制効果があるんですよ。」
これほどまでに癌の抑制効果があるポリフェノールを豊富に含む岡山さんの黒にんにく。その約10倍という数字は丸岡ファームだから出せる数字なんですか?というライターの質問に、岡山さんは「私はそう思ってるんだけどね。」と笑いながら控えめに答えてくれた。
「にんにくっていうのは食べると風邪もひきづらくなるし、滋養強壮にもいい。身体が温かくなって血流も良くなりますしね。私は野菜の中では万能薬だと思っています。」
その岡山さんのお話を裏付ける証拠がある。それは目の前でお話されている岡山さん自身だ。岡山さんは取材に伺った2023年度で76歳になる。ピンと背筋が伸びていて、どんな質問にもはきはきとした口調で答えてくれる岡山さんはもっと若々しく見える。
「ゴルフも年間70回くらい行ってるしね。これは黒にんにくパワーだね。」
と言って笑う岡山さんの元気こそ、黒にんにくの効果を証明する一番の証拠だ。
地域の農家のために動ける行動力
岡山さんが黒にんにくを製造している理由はもう一つある。
「この辺の農家の人は、冬は仕事があまりないんです。そういうなかで加工まで手がけるようにしたら地域の方の働き口をつくることができますからね。作業がない人は困るでしょう。生活できなくなる人もいるかもしれない。だから加工も春までやってるんです。」
雪が降り積もる東北町では冬の間は畑で仕事をすることはできない。岡山さんは黒にんにくの製造を手がけることでその期間の自分の仕事を確保するだけではなく、地域の方々の仕事を創り出していた。
岡山さんはそのほかにも地域の農業のことを考えた取り組みを行っている。その一つが海外からの研修生の受け入れだ。
「将来は若い人も少なくなるし、働き手もいなくなるから、大規模農家にするためには家族じゃできないでしょう。そのためには海外からの人手も招き入れなきゃだめだなってことで研修生を取り始めました。」
岡山さんは、いち早く研修生を招き入れた。最初は中国から5人だけだった研修生だが、多い時には周辺地域の農家で合わせて45人ほどになり、その流れは今も続いてミャンマーやベトナムからも研修生を受け入れている。
このように地域の農家の人たちのことを考えてさまざまな取り組みを行ってきた岡山さんだが、その行動力をさらに強調するエピソードがある。
「実は黒にんにくの黒酢も作ったんですよ。愛すちゃんって命名したんですけど、りんご酢とか色々なお酢があるけど、黒にんにくのお酢も作ったんです。もちろん健康にもよくて血がサラサラになるから脳梗塞とか血管の病気も少なくなるんですよ。」
笑顔で何事もないように話す岡山さんだが、黒にんにくの黒酢というアイディアを考えつく人が岡山さんのほかにいるだろうか。この柔軟な発想と、実行に移してしまう行動力で岡山さんはさまざまな試みにチャレンジしている。
組合長や会長を経験したからこそ見える景色
実は岡山さんはこれまで「青森県農業協同組合中央会 会長」や「ゆうき青森農業協同組合 代表理事組合長」など、農協関連の要職を歴任してきた経歴を持つ。黒にんにくの製造方法もその時に学んだ技術を取り入れている。岡山さんは農協でも重要なポジションを経験したからこそ、常に農業に携わる人たちのことを考える立場で色々なチャレンジに取り組めたのかもしれない。
岡山さんは会長や組合長を務めていた時期に組合に対してさまざまな提案をしてきた。
「家族で農業をしている農家でも、技術が良くない人たちは農家を閉めなければいけない状況となることがありました。借金がたまって土地を手放さなければならない農家がけっこうあったんです。このままでは組合員がどんどん減少していくし、組合員のみなさんが維持経営してもらうためには何かをしなければならないと思いました。」
岡山さんは青森県農業協同組合中央会会長を務めていた期間に、経営分析を行って資料を作成し、各農協から経営に困っている農家の皆さんに指導やアドバイスを行っていこうと提案した。その提案は岡山さんの在任中にはすべて叶えることは出来なかったが、その後も続く取り組みの基礎を築いたのは岡山さんだった。
ゆうき青森農業協同組合では、酪農から出る堆肥を利用した土づくりを提案した。かつての東北町はながいもの作付面積は県内で一番大きかったが、品質は良いとはいえなかった。
「いくらものがあっても品質が悪いと評価が落ちるから、それをなんとか改革したいと思ってね。せっかく町から堆肥センターも作ってもらったので、優良堆肥を作らなきゃいけないと思って堆肥の作り方を指導してもらいました。そしてその優良堆肥を畑に返してやると、いい土ができるからいい作物が育つということを考えていました。酪農とも連携出来て、お互いにいい関係もできますしね。」
岡山さんが提案した方法は、科学的な土壌分析を行い、その結果をもとに必要な分だけ肥料を入れて無駄な肥料を入れないというものだった。
「この方法を採用してからは、ながいもの品質が凄くよくなりました。品質がいいと言われる県内のほかの産地にも勝るとも劣らない品質のながいもが採れるようになったんです。」
岡山さんのこの提案も完全に実現する前に任期を終えることとなったが、その後も組合に引き継がれて現在に至る。
岡山さんは農協の理事の任期中に積極的に提案を行ってきた。しかもご自身も農家を営んで多忙であるにもかかわらず、青森県全体の農業について常に気にかけてきた。
「自分が何のために会長などの役職になったのかと考えると、名誉が欲しくてやっているわけでもないし、地位が欲しいわけでもないんです。みんなから頼まれてやってるんだから、その分は返さなきゃ。」
農協の会長や組合長になるためには、理事として当選した組合員から過半数の推薦を得なければならない。岡山さんも組合員の方々の期待を受け、5年間会長を務めた。その5年間は家族のサポートもありながら活動を続けてきた。
岡山さんの農家の人たちへの思いを伺っていると、その立場から離れた今でもその思いは変わっていないのだろうと感じた。
家族がちゃんと生活できるような農家になって継続してほしい
インタビューの最後に丸岡ファームの今後について伺った。
「今後というのが一番の悩みかもしれないですね。うちも後継者がいないから。」
農業の後継者不足という問題はよく耳にする問題ではあるが、丸岡ファームも例外ではない。だからこそ青森県の農業の未来にも特別な思いがある。
「やっぱり農家の皆さんには継続してもらいたいですよね。農業っていう一つの職業を選択しているんだから、家族でちゃんと生活していけるような仕組みができている農家になってもらいたいです。」
岡山さんによると、悪い年が2年続くと廃業しなければならない農家も出てくるそうだ。災害があったり、技術が劣っていたり、色々な理由があったとしてもそんな形にはなってほしくないというのが岡山さんの希望だ。
「せっかく仕事してるのに借金だけ抱えるなんてそんなバカなことはないからね。だからこそ農協時代にはもっともっと組合員に対して指導してあげたかったなと思っています。これからも農協には、農家の方の手取りを増やしてあげる努力をして欲しいですね。今もやっているとは思うんですが、それ以上に努力していってほしいです。」
岡山さんは農協時代にさまざまな改革を提案していたとはいえ、すべてを終える前に任期を終えたものもある。それゆえに農協にかける期待も大きいのかもしれない。
岡山さんはインタビューの最後まで自分のことよりも農業全体を気にかけていた。現在も青森県で美味しい農産物が食べられるのは岡山さんの尽力があったからなのかもしれないと思った。
人のことを第一に考える温かさ
インタビューを終えてお礼を伝えると岡山さんは「ちょっと外に来て」と私たちを自宅に併設されている小屋に招いた。小屋の奥に入っていった岡山さんはしばらくすると、大きな袋を持って出てきた。
「美味しいから食べてみてよ」
と岡山さんが差し出した袋の中には、鮮度を保つためにあえて土を落としていないながいもが入っていた。まだ雪が降り続く中、このながいもを渡すためだけに岡山さんはジャンバーを羽織り、帽子をかぶって外に出てくれた。そして私たちの車までながいもを持ってきて積んでくれた。
インタビューで伺ったお話もそうだが、岡山さんは常にまわりのことを気にかけてくれる。私たちを快く自宅に招いてくれて、しかも六景楽市認定商品とは関係がない、ながいもをお土産に用意してくれた。その細やかで自然な気遣いが温かかった。
東北町の冬は、今私たちの目の前に広がる景色のように厳しい。しかし農家の方々も岡山さんと同じように野菜に温かい愛情を注いでいる。冬の厳しい寒さと農家の方々の温かい愛情で東北町の野菜は美味しく育っていくんだろうと感じた。
雪の下でながいもやにんにくがすくすく育っていると思うと、ただ真っ白に見えていた畑は全く違う景色に見えた。やませがもたらす厳しさと、岡山さん達が作った豊かな土壌が育てる野菜が採れる春が今から待ち遠しい。
ライターメモ
岡山さんからいただいたながいもは本当に美味しかった。まずは大好物のとろろにしていただいたが、美味しくてご飯を何杯もおかわりしてしまった。一部ホクホクのながいもステーキにしても非常に美味しかったが、やっぱりそのままの味を味わえるとろろで食べるのが一番美味しかった。
スーパーには当たり前のように並んでいる野菜。そして青森県に住んでいると当たり前のように美味しいながいもやにんにく。その当たり前が、本当は当たり前ではなく農家のみなさんの頑張りによって当たり前だと感じられるということを、岡山さんに改めて学ばせていただいた。