横浜町で古くから地元の人や旅行者に親しまれるドライブインの『トラベルプラザ サン・シャイン』。長い歴史を持つこの施設に新しい変化が訪れた。
今回お話を伺ったのは、サン・シャインを運営する有限会社すぎやまの山口大輔さん。県外からの移住者で、2024年の春に店長に就任したばかりだった。移住からインタビューを伺った時点までのたった半年の間に、山口さんは横浜町の素材を生かした登録商品を生み出し、何度も県内のメディアに取り上げられるほどの注目を集めている。
今回は六景楽市認定登録者のなかでも他に例を見ない、移住してきたばかりの生産者、山口さんの活動にスポットライトを当ててみたいと思う。
青森県に来たばかりの生産者
サン・シャインは野辺地町と下北半島をつなぐ交通の要路、国道279号線沿いにある。横浜町や下北半島のお土産を購入できる売店や、地元のグルメを味わえる食堂に加え、周囲にはコンビニや大規模なトイレ、漁業や旅行者の安全を祈願して建てられたほたて観音などが併設されており、運転の疲れを癒す小休憩にはうってつけのスポットだ。1961年に創業して以来、地元の人たちや観光客に親しまれてきた。そんな歴史あるサン・シャインに新しい店長が誕生したのが2024年の春だった。
「私は長崎県からこちらに来ました。結婚した相手が、偶然ここの会長の孫だったという縁から声がかかりました。正直なところまだ横浜町が何なのかというのもパッとわかっていません。青森と下北についてもちゃんとわかっていないレベルです。」
それまでは溶接関係の仕事に就いていたという山口さんは、結婚をきっかけに新天地である横浜町に移住し、ドライブインの店長という全くの異業種に就くこととなった。何をしていいのかわからなくなってもおかしくない状況だが、山口さんは移住してからの半年の間に『HOSHINOHATENA (星のはてな)』というオリジナルのアイスクリームを開発し、『菜の花ソフトクリーム味』は六景楽市の認定も取得した。
「こっちに来て食べた菜の花ソフトクリームが凄く美味しくて感動したので作りました。青森県で感動した美味しいものを県外に広めていけたらと思っています。」
これまで取材した六景楽市の生産者の皆さんは、地元に長く住み、地元の素材を知り尽くした人たちだった。山口さんはそういった方々とは立場は違い、住んでいる期間は短いが、ただ純粋に青森県の美味しいものを発信したいという気持ちですぐに行動を起こした。
アイス作りの素人がお届けするこだわりのアイス
山口さんは、店長に就任したばかりで迎えたゴールデンウィークでも菜の花ソフトクリームは当然のように売れるだろうと思っていたが、予想よりも客足は鈍く、期待ほど売れなかったという。
「観光客の立場になってみると、ここには来づらいですよね。横浜町は中途半端な位置にあるので、そのままむつ市や青森市に行く人の方が多いと思います。だからこの美味しいソフトクリームの味を、こちらから届けなければと考えたのがHOSHINOHATENAの開発のきっかけです。」
自身がその美味しさに感動した菜の花ソフトクリーム。その味を横浜町に来なくても、全国の人たちに食べてもらうために考案されたものがアイスクリームだった。
「一度、ソフトクリームをそのままガチガチに固めてみたんですが全然美味しくなくて。そこからカップアイスの開発をスタートしました。」
アイスクリームの開発について当たり前のように話す山口さんだが、実はアイス作りについては全くの素人だったという。自分でレシピを調べ、何度も改良し、試行錯誤した。
「まずレシピを探して30種類作ってみて、その中からいいものを5つくらいに絞って、さらにそこから砂糖などの原料をグラム単位で調整してまた30種類にして、そしてそれをまた5つに絞って…という繰り返しで開発しました。素人なので研究しなけばと思ったんです。」
驚くべきことにこの開発にかけた期間は一ヶ月。その間に出来上がった試作品の数は300から400種類ほど。もしかしたらもっとかな?と山口さんは話す。
「原料については絶対にこれじゃないといけない!というこだわりはありません。それよりも絶対にこの味にしたいからこの原料を使う!という風に決めていくんですよ。」
アイス作りの経験はおろか、料理の仕事もしたことがなかった山口さんはレシピの考案から試作品の作成、必要なものの仕入れといった、慣れない作業に膨大な時間と手間をかけた。しかし、一般的には苦労と捉えられるようなこれらの要素も、山口さんにとっては苦ではなかったと言う。
「一番かかったのは時間でしたが、青森県の美味しいものをみんなに届けたいと思うとわくわくして、気づいたら夜になっていたこともありました。」
HOSHINOHATENAの完成までたったの一ヶ月。文字にすると短い期間のように感じるかもしれないが、経験がゼロの状況から、六景楽市の認定を取得できるほど美味しいアイスクリームを完成させた濃厚な時間だ。
星の数ほどある『はてな』をアイスに込めて
山口さんが開発したHOSHINOHATENAの魅力はもちろん味だけではない。注目してほしいのはそのコンセプトだ。その特徴的な商品名をつけたのには理由がある。
「まず、こっちのアイスをいろいろ食べてマーケティングしてみたんですけど、黒にんにくアイスとか、うちにもともとあったなまこアイスや、ほたてアイスもそうですけど、ご当地アイスみたいなネーミングのものが多かったんです。そんな時に見つけたのが『イギリストースト』です。青森県になんの関係もない名前なのに、いろいろな味があって地域に根付いてますよね。そんな感じで親しまれる商品名があった方がいいなと思いました。」
確かに『イギリストースト』という名前は青森県に関係がない名前でありながら、県民なら誰でも知っている、地域を代表する人気グルメだ。近年では全国のメディアでも取り上げられることも増えている。
「つい気になって、なんだこれは?となる名前にしたいな、というのがありました。なのでうちのアイスは『菜の花ソフトアイス』ではなく『HOSHINOHATENA菜の花ソフトクリーム味』に変更したという形です。」
もちろんHOSHINOHATENAという名前が持つ意味には山口さんの思いが込められている。
「人生の疑問って星の数ほどあるじゃないですか。それをちょっとかわいくして『星のはてな』っていうのを昔から言っていて、それを商品名にしました。自分の境遇も長崎県からここに来ているのも『はてな』ですし、アイスを作っているのも『はてな』なのでぴったりかと思いました。」
自身がそう話すように『はてな』で溢れている山口さんのこれまでの人生。HOSHINOHATENAという名前には山口さんの思いが込められている。山口さんの『はてな』を探求する好奇心と行動力があったからこそ生まれた商品にはぴったりな名前だと感じた。
山口さん自らデザインしたパッケージ
もう一つ、HOSHINOHATENAを味わううえで注目してほしいポイントがある。それがパッケージ。華やかなパッケージの中でもとりわけ目を引くのが、頭の上が『 はてな』の形になっている印象的な顔のイラストだ。このパッケージは山口さんがデザインしている。
「もともとこの顔を入れたかったんです。本当は顔だけにするつもりだったんですけど、それだとちょっとアイスっぽくなくて小さくしました。その他にも菜の花ソフトクリーム味のパッケージには、はちみつのもったりとした感じをイメージした模様や、蜂の巣のハニカム構造のような模様をあしらっています。HOSHINOHATENAはシリーズ化したかったので、塩味も同じテイストのデザインを採用しています。」
とても詳しくデザインに込められた意味を話す山口さんは、専門的にデザインを学んだ経験はないが、学生時代に美術部に所属していたという。
「高校時代にちょっとだけボクシング部に入っていたのですが、美術の授業の時に絵が上手だからと美術部に勧誘されたんです。動機は不純ですけど、その時に誘ってくれた先生が美人だったので入部したんです。」
と山口さんは美術部に入部した経歴を隠すことなく話してくれた。
「入部後は長崎県大会や全国大会があるから絵を描いて、と言われていたんですが、面倒くさいと断っていました。でも高校二年生の時に、誘ってくれた先生が転勤することになり、恩返しとしてお願いに応える形で描いた絵が県大会で優秀賞を受賞したんです。もしかしたら若干のセンスがあったのかもしれませんね。」
謙遜する山口さんだが、持ち前のデザインのセンスと、高校時代に培った経験が間違いなくパッケージに生かされている。ゼロから作り上げたアイス、思いが込められた名前、そして自らデザインしたパッケージ。そのどれもがHOSHINOHATENAの魅力であり、重要なエッセンスだ。
外からの視点で青森県に新しい風を吹き込む
今回のインタビューも六景楽市の生産者レポートの性質上、サン・シャインの地元である横浜町への思いや魅力を中心に質問をさせていただいたが、山口さんの答えは一貫して『青森県』についてのお話だった。
「自分のことは横浜町の人間というよりも、青森県の人間だと思っています。青森県のものを広めて、会社が大きくなれば横浜町も広まると思うんです。横浜町のものにこだわるよりも青森県のものを押し出していきたいという気持ちは強いです。」
私たちが山口さんのことを『長崎県』出身の人と思うように、県外から移住してきた山口さんにとって自身は『青森県』の人間という感覚がある。まずは青森県の魅力を発信したいという気持ちがあり、その先に横浜町を盛り上げたいという気持ちがある。
そして、県外からの視点も持つ山口さんは、横浜町のいいところだけではなく、抱える課題についても冷静に分析している。
「個人的には今後、サン・シャインに来てくれるお客さんは減るだろうと思っています。下北縦貫道路がつながればお客さんは菜の花プラザの方が行きやすくなるでしょうし。今よりもここには来づらくなると思います。」
特に山口さんが危惧しているのは横浜町の場所、そしてサン・シャインの立地だ。確かに下北半島の入り口に位置する横浜町は通過点として捉えられてもおかしくない。さらに下北縦貫道路が開通すれば、その傾向はさらに顕著になることが予想され、縦貫道路のインターチェンジから遠いサン・シャインへの客足は遠のく可能性もある。だから山口さんはサン・シャインに来てくれた人だけではなく、全国の皆さんが食べられるアイスクリームを選んだ。
もちろん、横浜町への集客を諦めたわけではない。条件の厳しさを冷静に分析しながらも、新しいアプローチにも積極的に取り組んでいる。例えばSNSやホームページでの発信は山口さんが店長に就任してから積極的に行われている。
「サン・シャインには野営場もあるのですが、そこから見える夕日を紹介したらお客さんが約四倍に増えました。あの夕日は凄く綺麗ですよね。」
サン・シャインのホームページを開くと、まずメインビジュアルに大きく夕暮れの陸奥湾の風景が広がる。陸奥湾の穏やかな水面に沈んでいく夕日は、ここでなければ見ることができない絶景だ。ここに人を呼ぶのは厳しいかもしれない、と話す山口さん。だが、ここでしか体験できない横浜町ならではの体験はある。
「今、ちょうど工事をしているんですが、店舗にアイス工場を作っているんです。工場が併設されている店舗って珍しいですよね。ちょっと変わった観光施設みたいにしてみたいです。ゆくゆくは、ここに来なければ食べることができない、限定のアイスを作っても面白いかもしれませんね。」
穏やかな陸奥湾に沈む夕日や、春に一面に広がる菜の花畑。横浜町に来なければ体験できない魅力に、山口さんが作るアイスクリームが加わる日は遠くないかもしれない。
青森県の美味しいものがなくなるまでコラボしたい
山口さんには目標がある。
「沖縄県には地域限定の有名なアイスがあるんですが、HOSHINOHATENAもそんな立ち位置にしたいですね。」
HOSHINOHATENAを青森県を代表するアイスにしたい。それが今の山口さんの目標だ。さらに山口さんが思い描く目標はそれだけにとどまらない。
「そのアイスのような、地域限定の味といった部分は参考にしているのですが、このアイスはさらにもう一つ新しい試みをしています。それは自分が青森県の美味しいものとコラボするということです。例えば菜の花ソフト味は自分とサン・シャインのコラボですし、津軽海峡の塩味は自分と下北のメーカーさんとのコラボだと思っています。なのでこれからも新商品を考案するときは、ただの『なんとか味』ではなく、青森県の美味しいものや、商品、メーカーとコラボした商品にしたいですね。」
実際にHOSHINOHATENAはその一歩を踏み出している。インタビューに伺った時点ではまだ二種類のみの販売だったが、山口さんは自らの足を動かし、県内の美味しいものとのコラボを企画・提案し、なかにはコラボが決まったものもある。さらに大手量販店での販売も決まっており、物凄い早さでHOSHINOHATENAのプロジェクトは動き出している。
「アイスはこれからもいろいろな種類を出していきますし、絶対に美味しいので、ぜひ騙されたと思って食べてほしいです。」
山口さんは自信に満ちた笑顔でそう話してくれた。楽しそうにいくつもの『はてな』を追い求める山口さんの好奇心と行動力が、青森県と横浜町を盛り上げる原動力になるかもしれない。
山口さんと、青森県の生産者の皆さんがコラボして地元の美味しいものを全国に届ける姿を想像すると、どんな美味しいアイスが出来上がるのか楽しみで仕方がない。
ライターメモ
インタビュー中も山口さんは青森県の美味しいものについての情報収集は欠かさなかった。何気ない会話の中で我々が青森県の美味しいものについての話をすると、必ず情報をメモしていた。ちょっとアイスには合わないのでは?と思ってしまう食材でも「面白そうですね」と興味津々の山口さんは、本当に青森県の美味しいものを全てアイスにしてしまいそうだ。大好きな青森県の、あのグルメがアイスになるかも?と考えるとわくわくが止まらない。
余談ではあるが、ライター加藤はHOSHINOHATENAが活動拠点の八戸市で買える日が来るのが待ち遠しくて、スーパーのアイス売り場を毎日のようにチェックしている。